1887年 |
7月26日 |
栃木県 |
美須[金黄]が烏山で生れる |
|
1922年 |
|
東京都 |
美須興行創業(荒川区東日暮里) |
|
1923年 |
|
|
映画館「第二金美館」、「第三金美館」を続けてオープン |
|
9月1日 |
|
★関東大震災で映画館の大半を焼失 |
|
1924年 |
|
|
映画館「入谷金美館」、「町屋金美館」、「千住金美館」、「尾久金美館」オープン |
|
1927年 |
|
|
映画館「大井館」オープン |
|
|
|
独立プロ作品の関東地区配給を目指して、片岡千恵蔵、坂東妻三郎、市川右太衛門などの作品を扱う三立商店を設立 |
|
1928年 |
|
|
映画館「大崎キネマ」、「白山キネマ」オープン |
|
1930年 |
|
東京都 |
千住劇場を買収,、「千住金美館」と改称 |
|
1931年 |
|
|
映画館「大塚キネマ」、「渋谷劇場」オープン |
|
|
|
映画館「王子レコード館」オープン |
|
1933年 |
|
|
映画館「日暮里金美館(金杉館)」、「エビス帝国館」オープン |
|
1934年 |
|
|
映画館「神田東洋キネマ」、「大鳥館」オープン |
|
1935年 |
|
|
映画館「巣鴨松竹館」オープン |
|
1936年 |
|
神奈川
県 |
川崎銀星座開館<金美館本部> |
|
1938年 |
|
神奈川県 |
映画館「川崎映画劇場」、「川崎ニュース劇場」オープン |
|
|
東京都 |
「糀谷花月映画劇場」オープン |
|
1939年 |
|
神奈川県 |
映画館「川崎昭和館」、「川崎東宝第一劇場」オープン(6館の川崎映画街誕生) |
|
|
東京都 |
映画館「高円寺映画劇場」オープン |
|
1940年 |
|
|
映画館「梅田金美館」、「品川宝来館」、「鎌倉映画劇場」、「高津映画劇場」オープン |
|
1941年 |
|
|
映画館「熊前映画劇場」、「阿佐ヶ谷映画劇場」、「浜川崎ニュース劇場」オープン |
|
|
東京都 |
麹町区飯田町に日本映写技術学校開校 |
|
1942年 |
|
東京都 |
映画館「西新井金美館」オープン |
|
|
神奈川県 |
川崎映画街に「美須産報会館」オープン |
|
1945年 |
|
|
青少年向け銃剣道道場オープン |
|
|
|
★本土空襲のため映画館は「第三金美館」、「高津映画劇場」を除き焼失 |
|
7月 |
神奈川県 |
「川崎銀星座」オープン |
|
1947年 |
|
神奈川県 |
実演「川崎花月」、映画館「川崎東宝劇場」、「川崎大映」、「川崎映画劇場」、「川崎オデオン座」オープン |
|
1948年 |
|
|
ミス洋裁女学院創立 |
|
|
神奈川県 |
川崎映画街週報創刊、街頭放送開始 |
|
1949年 |
4月18日 |
|
金美館本部が美須合名会社となる |
|
1950年 |
7月 |
|
美須商事叶ン立 |
|
|
東京都 |
プールを含めた「こどもの国」と共に6館の蒲田映画街を完成 |
|
|
神奈川県 |
川崎映画街の阿国結婚式場、宴会場を併設した「川崎会館ホール」オープン |
|
|
|
ミスタイピスト学院創立 |
|
|
神奈川県 |
映画館「川崎中央映画劇場」、「堀の内映画劇場」、「追分映画劇場」、「小田映画劇場」、「大師会館」、「御幸会館」、横浜市鶴見区に「生麦会館」オープン |
|
|
|
川崎映画街に「銀映会」が結成 |
|
1953年 |
|
米国 |
米国RCAと特許契約を結び、日米テレビジョンKKを創立、テレビ制作に乗り出す |
|
|
|
日本で初めてのテレビニュース劇場を開設 |
|
|
神奈川県 |
映画館「川崎セントラル劇場」、「川崎日劇」オープン |
|
|
神奈川県 |
第1回「川崎市民映画コンクール」開催(川崎市、神奈川新聞社共催) |
|
1954年 |
|
東京都 |
映画館「蒲田国際劇場」オープン |
|
1955年 |
|
神奈川県 |
映画館「川崎東映劇場」、「川崎名画座」オープン |
|
1956年 |
|
東京都 |
映画館「蒲田スカラ座」、「蒲田名画座」、「雑色銀星座」オープン |
|
|
神奈川県 |
映画館「川崎ニュース劇場」、「川崎スカラ座」オープン |
|
1957年 |
|
神奈川県 |
川崎映画街に遊園地「こどもの国」オープン |
|
1964年 |
|
神奈川
県 |
川崎ミスボウリングセンターオープン |
|
1965年 |
|
神奈川
県 |
ミススポーツセンターオープン(→アスレチッタ川崎) |
|
1966年 |
|
|
美須[金黄]会長寿像完成 |
|
|
神奈川県 |
「川崎東宝」で第1回東宝寄席開催 |
|
1968年 |
|
神奈川
県 |
川崎初のディスコティック「21」をオープン |
|
|
東京都 |
ボウリング場「成増ミスボウル」オープン |
|
1969年 |
|
神奈川県 |
ボウリング場「上大岡ミスボウル」オープン |
|
1970年 |
|
神奈川県 |
ガーデンサウナ川崎オープン |
|
|
神奈川県 |
▲最後の「川崎市民映画コンクール」開催(第18回) |
|
1971年 |
|
東京都 |
蒲田ミス・ボウルオープン(→アスレチッタ蒲田) |
|
|
神奈川県 |
ボウリング場「川崎ミスボウル」108レーン拡張オープン |
|
1972年 |
12月21日 |
|
★美須[金黄]死去(85歳) |
|
1974年 |
4月1日 |
|
川崎地区の映画館を経営する美須合名と蒲田地区の映画館を経営する美須商事が合併、潟Jワサキ・ミス設立(社長:美須君江) |
|
1978年 |
|
フランス |
美須アレッサンドロがパリで生れる(美須(ボルピチェリ)孝子の息子) |
|
1980年 |
|
神奈川県 |
川崎室内テニスプラザオープン |
|
1982年 |
10月25日 |
|
カワサキ・ミスから興行部門が分離独立、美須興行叶ン立(会長美須君江、社長太郎田智) |
|
|
東京都 |
カプセルイン蒲田オープン |
|
1983年 |
9月1日 |
神奈川
県 |
カプセルイン川崎オープン(166室)<カワサキ・ミス> |
日経産業830730 |
1986年 |
|
東京都 |
ガーデンサウナ蒲田オープン |
|
1987年 |
7月12日 |
神奈川
県 |
日本初のシネマ・コンプレックス「チネチッタ」オープン(旧ミス・タウン) |
神奈川870712 |
|
神奈川県 |
チネグランデ改装オープン(旧川崎グランド劇場) |
|
1988年 |
2月24日 |
|
潟Nラブチッタ設立 |
|
7月2日 |
神奈川
県 |
アスレチッタオープン(旧ミス・スポーツセンター) |
朝日神奈川版880703 |
10月8日 |
神奈川
県 |
大型ライブホールの先駆け「クラブチッタ」オープン |
朝日神奈川版881007 |
|
神奈川県 |
映画館「チネBE」オープン(JR川崎駅ビル内) |
|
1991年 |
|
|
チネチッタ通り商店街振興組合発足 |
|
|
神奈川県 |
「チネチッタ」に3スクリーン増設、10スクリーンとなる |
|
|
|
モータースポーツ参入、鈴鹿8耐参戦 |
|
1997年 |
|
神奈川県 |
第1回「カワサキ ハロウイン」開催 |
|
2000年 |
12月 |
神奈川県 |
レックスイン川崎オープン(カプセルホテル)<潟激bクス> |
|
2001年 |
|
|
「銀映会」解散 |
|
|
神奈川県 |
「クラブチッタ」リニューアルオープン |
|
2002年 |
11月23日 |
神奈川
県 |
LA CITTADELLA(ラ チッタデッラ)第1期オープン<設計:石本建築事務所> |
日経流通021123、朝日神奈川版021004、商店建築0302 |
|
|
ウエディング事業「チッタ ウエディング」スタート |
|
2003年 |
10月4日 |
神奈川
県 |
ラ チッタデッラ「ビバーチェ棟」オープン |
レジャー産業0310 |
|
|
カワサキ・ミスがチッタ エンタテイメント、美須興行がチネチッタに商号変更 |
|
2011年 |
1月10日 |
神奈川
県 |
▲「チネグランデ」閉館(旧川崎グランド劇場、→解体→アレーナチッタ) |
|
12月10日 |
神奈川
県 |
ラ チッタデッラ「アレーナチッタ」オープン(フットサル場、映画館「チネグランデ」跡地) |
|
2014年 |
3月21日 |
神奈川
県 |
「チッタグループ・歴史ギャラリー」オープン(ラ チッタデッラ マッジョーレ棟内) |
|
2015年 |
6月 |
|
美須アレッサンドロがチネチッタ社長に就任 |
|
2021年 |
8月27日 |
神奈川県 |
▲「カワサキ ハロウイン」の開催中止を発表(24年の歴史に幕) |
|
10月18日 |
神奈川県 |
LOYLY LAND(ロウリュ―ランド)オープン(ラチッタデッラVIVACE棟内、個室25) |
読売神奈川2版220101 |
2022年 |
3月26日 |
神奈川県 |
▲アディダスフットサルパーク川崎閉店(ラ チッタデッラ内) |
|
11月23日 |
神奈川県 |
歴史ギャラリー「CITTA’DNA」オープン(ラ・チッタデッラ・マッジョーレ棟内) |
|
2024年 |
12月31日 |
東京都 |
▲アスレチッタ蒲田閉店 |
|